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平らなところを歩いていました。
だから、昔見ただらだらな坂を上りたくなりました。
ケヤキの茶色い枯れ葉が落ちている、だらだらとした坂・・・
上りきったところにある豚小屋の臭いが湿った空気に混じりあい、
重くのしかかってきて、上るのには大そうな時間がかかったものですが、
それでもその香りすら懐かしくなり、坂を上ってみたくなったのです。
 
残堀川にかかる橋を渡ったところで、バスが停留所に停まります。
バスを降り、国道から狭い道に入って、コンクリート製の琴帯橋を渡ると、
その道は狭い田んぼを巻き込むようにゆるく左にカーブして進んでいくのです。
 
かつては砂利道でしたが、今では舗装道路になっています。
今では、といっても、舗装されたのも相当昔です。。
薄い舗装は、ところどころアスファルトが割れ剥げ、
穴がぼこぼこと開いています。穴をよけながら、
右に左にゆらゆら体を揺らしながら歩みを進めます。
雨が降ったら水が溜まってさぞかし歩きにくいことでしょう。
それでも砂利道の時よりはいくらかましです。
 
やがて道は左右に分岐します。左に行けば、あの懐かしい坂があるのです。
分岐の右側には、古めかしい、ちょっと不気味な感じのする公共施設があり、
二mくらいの高さの塀が廻らされていて、
それに沿うように市民プールへと続く道があります。
塀が高いので、ぴょんぴょん跳び上がっても、中の建物は見えません。
子供の頃から、塀の向こうにあるのはいったい何の施設なのか、
疑問に思っていました。
塀の横を通った今、その感覚をふと思い出し、
再び、なんの施設なのかという疑問が湧き・・・
その疑問も一瞬でどうでもよくなりました。
 
坂を下ってくる時は市民プールへの道、何だかわからない施設の北側の道が、
むしろ坂から続くまっすぐの道のように感じますが、バス停から道を歩いてくると、
ゆるいカーブの道がメインのように感じられます。
 
徐々に道が勾配してきます。
幾重にも欝蒼と生えているケヤキクヌギに守られた坂が見えてきます。
バスを降りたところは、小春日和の日光がさんさんと降り注いでいたのに、
やはり、昔のように坂はしんとしずまり、湿った空気を湛えています。
ときおり、ケヤキクヌギの間を、ぎゃあぎゃあと鳴きながら渡っていくヒヨドリの声に
はっとさせられるくらいの暗さでした。それでも、幾重にも重なって、
欝蒼と生えている木々の枝に、ところどころ残っている黄葉の間をぬって、
木漏れ日が薄く坂に降っています。
 
さっき歩いて来た道には、道の端に紅や薄桃色、白、橙色などのコスモスや、
薄紫の清楚な野菊、燃えるような真っ赤な鶏頭などが咲いていたのに、
この坂の端には踏みしめるとかさかさ音のする茶色いケヤキの落ち葉だけでした。
 
それにしても、子供の頃に上ったときよりも、坂の道幅が狭いことに驚きました。
これでは自動車もすれ違えないほどです。子どもの頃は自動車が通るなんてことを
考えてもいませんでした。たぶん・・・、
坂の上からと下から、同時に自動車がやってきたのなら、
どちらかが停車して片方をやりすごさないとならないでしょう。
そんな狭い坂ですが、
渋滞にハマらずに、都道から国道に抜ける、裏道なのです。
ただし、この裏道・・・この坂を知っている人は少ないでしょう。